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大阪地方裁判所 昭和55年(行ウ)60号 判決 1981年8月26日

原告 井上鶴彦 外三名

被告 大島靖

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告は大阪市に対し金八億七三五五万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 原告らの本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らはいずれも大阪市の住民であり、被告は大阪市長であるところ土地区画整理法三条四項による大阪都市計画事業大正地区復興土地区画整理事業の施行者である。

2(一)  被告は、右土地区画整理事業の施行者として、その費用に充てるための保留地とする予定で仮換地に指定されなかつたいわゆる保留地予定地である大阪市大正区南部工区泉尾南附近一三〇―二ブロツク(九一四七・一五平方メートル)の土地(以下本件土地という)を、昭和五四年一一月三〇日大阪市住宅供給公社に対し代金七億七二九三万円(一平方メートルあたり八万四五〇〇円)で売却した。

(二)  しかし本件土地の右売買当時の時価は一六億四六四八万円(一平方メートルあたり一八万円)を下まわるものではなかつた。

(三)  本件土地は、将来換地処分の公告によつて大阪市がその所有権を取得するものであり、被告が本件土地を時価の半額以下という安価で売却したため、大阪市は売却代金と時価との差額八億七三五五万円の損害をこうむつたもので、被告は大阪市に対し右違法な財産の処分による損害賠償をする義務がある。

3  よつて原告らは地方自治法二四二条の二第一項四号により、被告に対し大阪市に代位して大阪市がこうむつた右損害八億七三五五万円の賠償を求める。

二  被告の請求原因に対する答弁と主張

(本案前の主張)

被告関与の本件土地の売却処分は、住民訴訟の対象とはならず、原告らの本件訴えは不適法である。

すなわち、地方自治法二四二条の二に定める住民訴訟の制度は、地方公共団体の財政の運営上の不正を事前に抑制し、あるいは事後に是正することを目的とするものであり、その対象となる行為は地方公共団体の機関または職員による同法二四二条一項所定の一定の財政、財務、会計上の違法な行為または怠る事実に限られる。しかるに、本件土地の売却処分は被告が大阪市の機関として行つたものではなく、土地区画整理法一〇八条一項に基づき国の機関たる土地区画整理事業の施行者として行つたものであつて、その事業に要する費用の負担等は全て同法に規定され、これに基づいて進められるもので、偶々大阪市の財産に形式的に得喪変更が生じるとしても、かかる効果は同法に定める施行者たる地位に基づく行為により生じるものであつて、前述のような地方公共団体の自治財政権に基づく財産の処分には当らない。

(本案に対する答弁と主張)

1 請求原因1記載の事実は認める。

2 同2、(一)記載のうち、本件土地の面積及び売買代金を除くその余の事実は認める。本件土地の面積は九一四四・八九平方メートルであり、売買代金は七億七二七四万三二〇五円であつた。

3 同2、(二)記載の事実は否認する。

被告は財団法人日本不動産研究所及び株式会社谷沢総合鑑定所に対し本件土地の昭和五四年九月三〇日時点での価格の鑑定を求め、前者より一平方メートルあたり八万四〇〇〇円、後者より同八万五〇〇〇円との鑑定結果を得た。そこで被告は、本件土地の価額を右鑑定結果の平均値である一平方メートルあたり八万四五〇〇円と評価することとし、土地区画整理法七一条、六五条三項により飯野実外六名の評価員の右評価が妥当である旨の回答を得たうえで、右平均値により算出した金額を本件土地の価額と決定してこれを売却したものであるから、適正な手続を経て決定された前記の売却代金は正当である。

4 同2、(三)記載のうち、将来換地処分の公告によつて大阪市が本件土地の所有権を取得することは認めるが、その余の事実は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1記載の事実、本件土地が土地区画整理事業の施行の費用に充てるための保留地として予定されたものであること及び被告が右事業の施行者として昭和五四年一一月三〇日大阪市住宅供給公社に対し本件土地を売却したことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第二号証によれば本件土地の面積は九一四四・八九平方メートル、売買代金は七億七二七四万三二〇五円(一平方メートルあたり八万四五〇〇円)であることが認められる。

二  被告は、本案前の抗弁として、本件土地の売却処分が住民訴訟の対象となる財産の処分に当らないと主張する。

なるほど本件土地の売却処分は、被告が土地区画整理法三条四項による施行者として同法の規定に基づき保留地予定地を処分したもので、地方公共団体の自治財政権に基づく財産の管理権能によるものではない。

しかし、地方公共団体の長が施行する土地区画整理事業に要する費用は当該地方公共団体が負担する(一部国が負担する)こととされており(同法一一八条二、三項)、同法九六条により費用に充てるため保留地を設ける場合においても、事業費から保留地処分金、国庫負担金、公共施設管理者の負担金等を差引いた残額について当該地方公共団体が負担することになるうえ、保留地は換地処分の公告があつた日の翌日当該地方公共団体がその所有権を取得するものであるから(同法一〇四条九項)、保留地の処分価格如何は当該地方公共団体の財産に直接影響を及ぼすものということができる。

したがつて、土地区画整理事業の施行者として大阪市長が本件土地を時価に比して安価に売却処分すれば大阪市が損害をこうむることになることは明らかであるから、それが国の機関委任事務によるものであるにしても、その費用の負担者が地方公共団体であり、また形式的にも地方公共団体に帰属する財産の処分になる以上、その処分は地方自治法二四二条一項所定の財務会計上の行為に該当するものと解される。

そうであれば、本件土地の売却処分が違法な財産の処分に該当すると主張し、その是正を求める原告らの本件住民訴訟は適法な訴えであるから、被告の本案前の主張は理由がないことに帰する。

三  そこで、本件土地の売却に違法な点があるか否かについて検討する。

成立に争いのない乙第三、四号証及び弁論の全趣旨によれば、大阪市都市再開発局は財団法人日本不動産研究所及び株式会社谷沢総合鑑定所に対し本件土地の昭和五四年九月三〇日時点における価格の鑑定を依頼し、所属の不動産鑑定士による評価として、前者より一平方メートルあたり八万四〇〇〇円、後者より八万五〇〇〇円との鑑定評価報告を得たので、大阪市長は本件土地の価額を右鑑定結果の平均値である一平方メートルあたり八万四五〇〇円と評価することとし、その価額に本件土地の面積を乗じた価格を本件土地の売却価格としたことが認められる。

原告らは右価格が時価の半額以下であると主張し、成立に争いがない甲第四号証、原告小坂静夫本人尋問の結果により成立が認められる甲第三号証、第五号証の一及び右本人尋問の結果によれば、建売業者が昭和五五年一二月当時大阪市大正区南恩加島六丁目所在の建築用地約五六・七二平方メートルを代金一三五〇万円から一四八〇万円で分譲する旨の広告を出しており、また原告浅野が昭和五六年四月二〇日訴外玉城猛に対し、同市大正地区南部工区恩加島付近一一九ブロツクの仮換地のうち四九平方メートルをその地上の車庫と共に代金一二五九万七〇〇〇円で売渡したことが認められるから、これらの事例は前記本件土地の価格の評価に疑問を抱かせる。

しかし右事例はいずれも本件土地の売却処分時よりも一年以上経過してからの事例であるうえ、細分化した面積の狭い土地で直ちに利用し得るものの売買であるのに対し、本件土地の場合広大な面積のものを一括して売却し、しかも保留地予定地として所有権移転の時期が将来に予定されたものであり、また前掲乙第三、四号証によれば本件土地は粗造成宅地で、その周辺部は木津川と尻無川に囲まれたデルタ地帯でもと材木集散地及び各種工場が存在していた臨海工業地帯であつたものが、土地区画整理事業の進捗により発展し、変貌の著しいところであることが認められるから、これらの事情を比較検討すると右事例の存在は前記不動産鑑定士による本件土地の価格の評価についてその信用性を左右するものではないし、他に本件土地の価格評価が不当に低額に過ぎることを認めさせるに足る証拠もない。

さらに本件土地はその面積からみてこれを宅地として利用する場合通路や側溝等付帯の施設を設ける必要があると考えられ、そのための費用の額、本件土地の売却先が公益性を有する大阪市住宅供給公社であることなど本件に顕れた諸般の事情を併せ考えれば、たとえ本件土地の売却代金が時価をある程度下回わつていたとしても、そのことから事業施行者である大阪市長のなした本件売却処分が違法な財産の処分に該当すると判断することはできず、したがつて原告らの請求はその余の点について検討するまでもなく理由がない。

四  以上の次第で原告らの本件請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 志水義文 井深泰夫 西野佳樹)

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